癌という病気に侵されてしまったシゲは検査、治療に伴う身体的な苦痛、精神的な不安が入院生活という拘束により、一気に爆発してしまいました。

すべてを小さな身体で拒否したのです。
看護婦さんへの悪たれ、暴力など必死の思いでした。
しげママは主治医から病名を聞いた時から「どうしょう? どうもできない」「シゲにこの病名を言うべきか、言わないでおこうか、そう、騙すのか!」と悩んでいました。
そんな矢先にシゲの挑発的ともとれる態度、ふてくされ、落ち着きの無い精神状態、治療の拒否があったのです。
無菌室(個室)に移動したシゲは「ママ、ぼくの病気は何なの?ぼく、もう嫌だよ!注射とか、薬とか、ものすごくつらいんだよ。
ママなんか絶対我慢できないくらい痛いんだから。
何でこんな思いしなくちゃならないの? 教えてよ、ママ。
ほんと、もう我慢できないよ」この言葉に自然と「シゲくん、よく聞いてね。

シゲくんの病気はガンといって、とても怖い病気なんだ。
このままで行ったら、シゲくんの身体をガンがどんどん食べてしまって、シゲくんは間違いなく死んでしまう。
ママも住田先生も、シゲくんが大事だから、つらくてかわいそうだけど、治ってもらいたいから、注射したりお薬飲ませているんだよ。
シゲくんに死んでもらいたくないもの、生きてほしいもの」と、言ってしまったのです。
告知は用意され、心の中で固まっていたものではありません。
いきなり問いを突き付けられて瞬時に判断した結果です。
極端な言い方をすれば、はずみでポロリッと言ってしまったと言えるかもしれません。
けれども、医師も看護婦さんも見舞い客も誰もいなくなるのを待った個室で、私をめがけて必死で質問してくる子に嘘はつけませんでした。
いい加減に答えたりできる私でないことをシゲは知っていました。


泣きじゃくり、私を見据えながら小さな握りこぶしは震えていました。荒い息を吐きながらシゲは
「治療しないと、100%死んじゃうの?」

「100%かどうかはわからないけど・・・」

「じゃあ、99.9999%? ママ、ぼく生きたいんだ。
だから、頑張る。注射も薬も絶対がんばる! 先生にそう言ってね。
絶対、絶対がんばるぅ〜っ、がんばるぅ〜っ・・・・・」

と、私の腕の中で泣きじゃくっていました。

その後、シゲはどう感じたのでしょうか。色々なことを短い時間で整理したのでしょうか?

「ママ、教えてくれてありがとう。僕、絶対に死なないから、頑張るから大丈夫。ママも車の事故しないように気をつけるんだよ。わかった? ママ」
と、自分の今の状況を理解し、私のことにも気をつかう返事が返ってきました。
 
私は告知がいちがいに
全部が賛成!告知推進!というものではないと思います。
私の場合、シングル・マザーという立場。
社会的な制裁もあり、生活さえも必死で生きておりました。
本にも記述しましたが、告知により自分を責める気持ちに陥る時はこう考えました。

ガンという襲いかかる敵に共同で立ち向かうもう一人がいたとしたら、幼いシゲに事実を告げていただろうか。
結局私はシゲを共に闘う仲間に引きずり込んだのではなかったか、と。
けれども、あの時、襲いかかる敵の正体が何なのかをごまかしておいて、シゲ一人につらい防戦をさせられなかった。生きるにしても死ぬにしても、やはり私は、彼がガンガンという敵に立ち向かっていることを教えたのです。
そして、何よりも、重信の命は重信のもの。
自分の命のことを本人が知らされていないなんて間違いだと思ったから。
   
告知後のシゲは治療に対して優等生になりました。反面、まるで自分の状況をすべて知り尽くしているかのように、身体の細部にわたり神経を尖らせていたようにも思います。
そして、何よりも「生きることへの執着」は物凄かったです。
告知はその人の精神状態、家庭、生活環境、年齢など様々な状況の中でするべきか?否か?
賛否が問いただされます。私が今、思うことは、「告知はそれぞれであること」ただ、「命は患者本人のものである」こと。それだけです。
告知をして良かったか、悪かったかはそれぞれの問題であると思いますが、進み行く医療、恐ろしいほどの情報の中で事実をかくし、患者を騙すことは難しい現状であること。しかも、患者自身の身体が変化して行くのですから、患者自身が悟ってしまいます。
患者をとりまく家族がどう立ち向かうか。
私は、告知をしたからこそ、シゲと一緒に闘えた。今は後悔していない。

シゲは最愛の息子であり、良きパートナー、そして戦友ですね。
あなたはどう思いますか?

 
 

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